阿岸祐幸 北海道大学名誉教授、医学博士
前回では、放射能の生物への影響を、主に細胞レベルや動物実験で検討したものについて紹介し、低線量の放射線を照射すると、生体機能が活性化する「ホルミシス効果」があることを述べてきました。 放射能泉(ラドン泉)の利用法には、温泉浴、吸入、飲泉、そして玉川温泉の岩盤浴のような直接照射によるものがあります。 今回特に私たちがラドン温泉に入浴するとどのような反応を起こし、病的なからだにどのような効果があるかという問題を中心に解説します。
ラドンは皮膚からも吸収されます。化学的には親脂質性(脂肪に溶けやすい性質)なので、二酸化炭素CO2や人口浴剤に使われる多くのテルペン系物質(ラベンダーやローズマリーなどの成分)と同じように、かなり容易に皮膚を通じて吸収されます。
ラドンが水に溶解する度合いは、水温が熱いより冷たい方がよく溶けます。臨床的にラドン泉を利用する場合には、水温のことを考慮する必要があります。皮膚からのラドンの吸収は、浴水温度が高いほど、また、皮膚の血流量が多いほど多くなります。
たとえば、ラドン泉の浴水温が31℃よりも38℃に入浴する場合のほうが、ラドンは5倍も多く皮膚を通じて吸収されます。また、年齢については、高齢になるほど、皮膚からの吸収や排泄が減少していきます。
天然放射能泉の多くは、二酸化炭素も含まれています。放射能泉に二酸化炭素や食塩などが混合していると、皮膚からの吸収は増加します。たとえば、有馬温泉は放射能泉と二酸化炭素泉が近くにあります。高い濃度の二酸化炭素が含まれている金泉の中に、ラドン・ラジウムが含まれている銀泉をブレンドすると、両方の効果が高まります。
また、ラドンは気体で蒸散するので、浴槽に含まれている放射能の約10%が水面上の空気中に拡散されます。放射能泉に入浴すると、ラドンは皮膚を通じて吸収されるほか、吸入によって浴槽の水面上にあるラドンを吸収します。これは大きな意義のあることです。
ラドン粒子は空気より重いので、浴水面のラドンが逃げないように、浴槽の縁を高くする工夫が必要です。
ラドン泉への入浴療法の臨床効果のメカニズムのひとつに、皮膚への効果があります。その場合、上皮に分布しているランゲルハンスLangerhans細胞への影響が考えられます。皮膚の表面にあるランゲルハンス細胞は、皮膚の免疫にかかわる働きをしています。
1回のラドン泉入浴(浴水中の濃度415Bq/ℓ)をすると、上皮には約50μGyの放射能(ラドン+ラドン崩壊物質)が検出されたという成績があります。
ラドンは汗の中にも排出されるので、これらが合わさって皮膚表面に増加し、効果を増す可能性があります。ですから、温泉入浴後は、皮膚の表面をシャワーなどで洗い流さないようにすべきです。
ラドン泉に入浴し、皮膚を通じて体内に吸収されたラドンは、血液に入って全身に回ります。ホフマンHoffmanらは、ラドン濃度が415Bq/ℓで浴温37~39℃の放射能泉に20分間入浴した場合、ラドンの血中濃度は2.8Bq/ℓであったと報告しています。
1回の放射能泉への入浴で、出浴後、約20分で体内のラドン量が最大になり、それれから速やかに減少していきます。血液中、最大のラドン量は、浴水中のラドン含有濃度の平均約1.7%です。
また、循環器系に入ったラドンは、いろいろな器官・組織に到達しますが、その吸収は拡散と、それぞれの器官の溶解係数によって異なります。残りは、肺を通じて呼気に排出されます。
ラドン泉入浴による温泉療法で有名なのが、オーストリアのバード・がスタインですが、その南隣りにある坑道療法施設(Gasteiner Heilstollen)は、ラドンガス浴療法で知られています。
表1は、がスタイン地方にある温泉浴とガス浴による療法で、体内のいろいろな臓器に蓄積された放射能を比較したものです。参考として、温泉地の住民の年間照射量が示してあります。
体内に入ったラドンは、約60%が肺から対外に排出されますが、皮膚から40%、腎臓から0.1~1%ぐらい排出するとみられています。
なお、体内に入ったラドン量のおよそ0.5%は、組織内で崩壊します。
図1はラドン泉に20分間のにを1回して、入浴中、出浴後の呼気中のラドン濃度を示したものです。出浴後20分で、ラドンはほぼ完全に体内から排出されます。
皮膚では上皮のランゲルハンス細胞が、ラドンが作用する主な場所だとされています。415Bq/ℓのラドン含有温泉に入浴した後で測定すると、約50μGyの量が皮膚の上皮に検出されました。
ラドンは汗からも排出されますが、ラドンとその崩壊産物が皮膚表面に増加して皮膚への作用が強まる可能性があります。
ですから、温泉浴をした後には、シャワーなどで皮膚を洗い流さないことが効果を高めます。
ラドンは脂肪に強い親和性があるので、脂肪の多い副腎皮質、脾臓、皮下脂肪、中枢神経系のリボイド、赤血球などにラドンが多く集まります。また、ラドンから出るアルファα粒子によって、副腎皮質や脳下垂体の機能を強めます。
リウマチ関節炎や運動器疾患の方がラドン泉に入浴すると、鎮痛作用で痛みが和らぎます。ラドンが特に脂質の多い神経の髄鞘に特に親和性があるからだといわれています。
ヨーロッパでは、治療目的で放射能泉浴をする際には、医師によって浴水温度が処方されます。ラドン泉の浴温は32~41℃ぐらいですが、二酸化炭素が混在している場合は32℃ぐらいです。
多くは1日に1回、20~30分間の入浴が指示されます。
一般に、温泉療法、特に温泉入浴による臨床効果を、二重盲検法などの特殊検定法で検査することは困難だとされ、この種の検討はほとんどされていません。
しかし、がんこな痛みに対する鎮痛効果を、放射能泉と水道水を使った厳密な二重盲検法を行い、放射能泉の有効性を検証した成績があります(Pratzel,Heilbad und Kurorte,44(1992))。
都合のよいことに、ラドン泉は無色で無味無臭なので、水道水との差異が感じられないので、この種の試験が可能です。
長年にわたる頚椎脊椎症のために頚背部に強い疼痛のある患者を、無作為に21人ずつの2群に分け、すべての患者に3週間の温泉療法を行う際に、マッサージ、リハビリ運動を共通の基礎療法として行いました。
2群のうち1群は放射能泉入浴群とし、3KBq/ℓの浴水放射能泉の37℃の全身入浴を行い、もう一つのグループでは水道水で同様な入浴をしました。
この実権では、浴槽への浴水の注入は、図2のようにバーコード読み取り機を利用して客観性を守りました。また、温泉療法を終えて2ヶ月後と4ヶ月後に諸検査をし、温泉療法の効果の持続性(Nacheffektといいます)を検討しました。
検査法の詳細は省略しますが、放射能泉の連続入浴と水道水入浴との比較検討の結果は次のようになりました。
1.痛覚閾(しきい)値の変化(図3)
皮膚の上から、決まった筋に加圧し、疼痛を感じ始める圧を評価しました。療法が終わった後、放射能泉群を水道水入浴群と比較すると、少なくとも4ヶ月は痛覚閾値が高いことが明らかになり、痛みが減少したことがわかりました。
2.主観的自己申告のVAS-Scale(Visual Analogue Scale 視覚アナログ尺度)による評価(図4)
放射能泉群では、療法が終わった後、4ヶ月たっても痛みの程度は以前に比べて明らかに軽くなっていました。